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ドイツの世界遺産 ケルン大聖堂について

東京支店コラム

前回に引き続き世界遺産の建設シリーズです。
かなり大好評だった為、シリーズ化させて頂きます。

今回は、ドイツ ケルン大聖堂の建設について紹介させて頂きます。
1248年、カロリング朝のケルン大聖堂が大火で焼失した後、すぐに新大聖堂の定礎が行われた。
建築構想は、それまでアミアン、パリ、ボーヴェなどの大聖堂を見て回り、ゴシックの技術と造形を学んできたゲルハルト・フォン・ライルという工匠が行った。
彼が集めた各地のゴシック建築の記録は、当時、同時代のフランス人建築家ヴィラール・ド・オンヌクールの画帖に匹敵するものといわれてきたが、現存していない。

石工出身のゲルハルトはその深い知識と観察にもとづき、アミアン大聖堂から半円形平面に放射状祭室の設けられた内陣を、
ブールジュやトロワの大聖堂から五廊式の平面構成を、そしてサン・ドニの会堂からトリフォリウムの形状を取り入れるなど、
新しい大聖堂にフランス・ゴシックの成果を応用した。
このように、主要な構造技術はほとんどフランスのゴシック建築に学んだものである。
アミアン大聖堂を範として機械的なまでに徹底された正確なレヨナン芸術(建築材料のもつ物質性を取り去り、
より上品で優雅な超越的な空間の様式をもつ芸術)を追求した。

ケルン大聖堂は、平面や様式などの点においてアミアン大聖堂を模範として作られており、
それは中央の身廊の縦と横の長さの割合が近似的であることなどからも見て取ることができる。
また平面的には、ゴシック建築によくある身廊と翼廊が交差した十字架の形をしており、脇には二つの通路が作られ、
東奥には回廊が作られている。通路には「シュヴェ」と呼ばれる7つのチャペルが放射状に突き出している。
立面的には、ウルム大聖堂やシュテファン大聖堂などのようにドイツ的な性質を持つ、大きく突き出た尖塔がそびえ立っているのがとても特徴的である。

大聖堂においては、礼拝や聖歌隊の聖歌奉献が行われる「クワイヤ」と呼ばれる場所が重要とされる。
中世においてクワイヤは装飾が重視されるようになり、細かい部分の機能性が失われていった。
このことはフランス式の非常に高いアーケードの配置の仕方や、窓からの光で照らされる精巧で上品なトリフォリウムの回廊、
それらの窓の上部に施された上品なトレーサリー模様に見受けられる。
クワイヤには豪華な調度品が多数置かれ、身廊からは装飾された木で仕切られていた。

側壁の高所にはクリアストリーと呼ばれる採光用の高窓が並び、低い部分には装飾の多いステンドグラスがはめこまれ、
その下にはトリフォリウムと呼ばれる丸いアーチの段があり、全体は高い柱心で結合されている。
アーチ型屋根は4つの部分から構成されている。回廊の窓には19世紀に寄進された無数のステンドグラスが飾られているが、
中でもバイエルン王ルードウィヒ1世が奉納した「バイエルンの窓」と呼ばれる5枚のステンドグラスが有名である。
そのうちの一つには、新約聖書を記したマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4人が福音書を記した順に左窓から並ぶものなどもあり、
その当時のドイツ画家の芸術性の高さを象徴している。19世紀までは、聖堂への入り口に聖クリストファーの大きな石像が置かれていた。

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